大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)996号 判決 1975年12月23日

控訴人 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右訴訟代理人弁護士 上野国夫

右指定代理人 宝金敏明

<ほか三名>

被控訴人 西村順子こと 鄭雲順

<ほか四名>

右被控訴人五名訴訟代理人弁護士 吉原稔

同 岡豪敏

主文

一、原判決のうち控訴人敗訴部分を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人鄭雲順に対し金三三万二六七六円、被控訴人金純生に対し金六万五三五一円、被控訴人金庚順、同金秀蓮に対しそれぞれ金一三万二六七六円、およびこれらの金員に対する昭和四五年一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による各金員の支払をせよ。

2  被控訴人金甲生の請求およびじ余の被控訴人らのその余の請求を棄却する。

二、1 控訴人に対し、被控訴人鄭雲順は金四三万三六四一円、被控訴人金甲生は金一三〇万八五一八円、被控訴人金純生は金八六万七二七九円、被控訴人金庚順、同金秀蓮はそれぞれ金四三万三六四〇円、およびこれらの金員に対する昭和四九年五月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による各金員の支払をせよ。

2 控訴人の被控訴人金甲生以外の被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は第一審および第二審(前項に関する裁判の費用を含む)を通じてこれを五分し、その一を控訴人、その余を被控訴人らの各負担とする。

四、この判決の第二項の1の部分は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、民訴法一九八条二項に基づく請求として、「被控訴人鄭雲順は金八四万五五四二円、被控訴人金甲生は金一三〇万八五一八円、被控訴人金純生は金九五万四六一九円、被控訴人金庚順および同金秀蓮はそれぞれ金六〇万二七二〇円、とこれらに対するいずれも昭和四九年五月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、控訴人に支払え。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴人の民訴法一九八条二項に基づく請求に対し、「控訴人の被控訴人らに対する請求を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する(ただし、原判決九枚目裏二行目の「過失利益」を「逸失利益」と訂正する。)。

一、控訴人の主張

(一)  福井県公安委員会規則は、「積雪又は凍結している道路において自動車を運転する場合には防滑装置を講ずること」を義務づけているから、防滑装置を講じていなかった三俊には義務違反がある。また、道路状況に応じた適切な運転方法を講ずることは運転者の義務であるから、本件のような積雪で有効幅員が狭められた道路を走行するときにもなお且つ通常の速度を維持するのは右義務に違反する(三俊は制限速度をこえて運転していたのであるから、なお更である。)。そして、運転者のこれらの義務と相関的に考えると、本件道路が積雪によって幅員が狭くなっていたとはいえ、有効幅員は最も狭い地点でも約五・二メートル確保されていて、両車の擦れ違いが適宜の運転方法を講ずれば可能であった以上、道路管理に瑕疵はなかったというべきである。

(二)  現在の排雪車を使用したのでは、排雪後でも路面に通常、一センチメートル程度の圧雪が残ることは避けられないから、排雪によって路面の湿潤からくる凍結を完全に防止することは不可能である。それゆえ、本件凍結を指して道路管理の瑕疵とはいえない。

(三)  三俊の本籍地は朝鮮慶尚南道であるが、被控訴人鄭雲順のそれは朝鮮慶尚北道であるところ、大韓民国民法によると夫婦は同一の戸籍に入るものとされているから、右両名が法律上の夫婦であることについては疑問がある。もし夫婦でないとすると、同国民法によればその余の被控訴人らは非嫡出子となり、認知がない限り三俊との間に法律上の親子関係が生ずるものではない。そうすると、認知の存否について不明である本件では、その余の被控訴人らを三俊の相続人と認定することも疑問である。

(四)  訴外広芸運輸有限会社(原審相被告。以下、「訴外会社」という)は原審で被控訴人らの本訴損害賠償請求権と訴外会社の同一事故にもとづく被控訴人らに対する損害賠償請求権との相殺を主張した。そのため、原判決では、本訴賠償額のうち、被控訴人鄭雲順、同金庚順および同金秀蓮についてはそれぞれ金三五万七一六五円、被控訴人金甲生については金一〇六万九五二三円、被控訴人金純生については金七一万四三三一円の各範囲で相殺が認められ、その結果、訴外会社の被控訴人らに対する賠償額は右金額だけそれぞれ減額された。そして、原判決の訴外会社に関する部分は、控訴がないため確定した。ところで、控訴人と訴外会社とは、被控訴人らに対して、不真正連帯債務者の関係にあるから、控訴人の賠償額も右相殺によって右金額の限度で消滅したものといわなければならない。

(五)  被控訴人らは仮執行宣言つきの原判決にもとづき、昭和四九年五月九日、控訴人に対し別表のごとく強制執行をしているから、控訴人は、民訴法一九八条二項にもとづき、被控訴人らに対し前記請求の趣旨どおりの金員の支払を求める。

二、被控訴人らの主張

(一)  本件事故現場のような見通しの悪い、交通量の多い交差点では、残雪を完全に排除すべきであり、本件のように、残雪を車道部分に一・三メートルもはみ出して放置しておくことは交通上危険である。また、完全に排雪しておけば、一センチメートル程度の圧雪が残っても、事故当日までの一週間の間に消失していたはずである。残雪があったため凍結したものである。

(二)  原判決は、被控訴人らと控訴人との関係で、三俊につき五〇パーセントの過失相殺をしている。つまり、残りの五〇パーセントを控訴人の責任としたのであるから、原判決の認めた被控訴人らと訴外会社との間の相殺に絶対的効力があるとして、控訴人の賠償額を更に減額すると、三俊に責任のない事由によって二重に減額する結果になって不当である。

三、証拠関係≪省略≫

理由

当裁判所も、被控訴人らは控訴人に対し、自動車損害賠償責任保険金五〇〇万円を控除して、左記金額の損害賠償請求権を取得したものと判断する。

(イ)被控訴人鄭雲順  六八万九八四一円

(ロ)被控訴人金甲生 一〇六万九五二三円

(ハ)被控訴人金純生  七七万九六八二円

(ニ)被控訴人金庚順、同金秀蓮 それぞれ四八万九八四一円

その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の説示するところと同じであるから、その理由記載を引用する。

一、原判決一五枚目裏八行目の「敦賀市」から同九行目の「低く、」までを削除し、二二枚目表一〇行目の「気温が」の次に「摂氏(以下、温度はすべて摂氏である)」をそう入し、二三枚目裏六行目の「尤も」を「最も」に訂正し、二九枚目表末行の「七二万五、〇〇〇円」を「六五万二、五〇〇円」に、同裏一行目の「二三万五、〇〇〇円」を「一六万二、五〇〇円」にそれぞれ改める。

二、被控訴人らに対する国家賠償法適用の可否についての原判決の判断(原判決二五枚目表一二行目から二六枚目表末行まで)を、次のように改める。

「ところで三俊および被控訴人らは後示五1(二)のとおり朝鮮国籍であるが、被控訴人らは本件につき国家賠償法六条の適用をみるものとして本訴請求をしているので、朝鮮において日本人に対する相互保証規定の存否が問題となるところ、≪証拠省略≫によると、被控訴人鄭雲順の本籍地は朝鮮慶尚北道醴泉郡内に、三俊およびその余の被控訴人らの本籍地は朝鮮慶尚南道東莱郡内にそれぞれあることが認められ、右各場所が大韓民国の現実の施政地域内に存在することは顕著な事実であるから、三俊および被控訴人らが国家賠償法の適用をうけるためには大韓民国において相互の保証がなされていることが必要である。ところで、職権調査によると、大韓民国には一九六七年三月三日公布、三〇日後に施行された(新)国家賠償法があり、これによると、道路、河川その他公共の営造物の設置もしくは管理に瑕疵があるため、他人の財産に損害を生ぜしめたときは、国又は地方自治団体はその損害を賠償しなければならない。この場合、他人の生命もしくは身体を害したときは、三条の基準により賠償をする(同法五条一項)ことを定め、かつこの法は、外国人が被害者である場合には、相互の保証があるときにかぎり適用される(同法七条)ことになっている。したがって、被控訴人らは国家賠償法により損害の賠償請求をすることができ、控訴人は本件損害賠償義務を免れない。」

三、控訴人は、運転者の義務と相関的に考えると、本件道路管理に瑕疵はなかった旨主張する。しかし、本件道路管理に瑕疵があったと認めなければならないことは原判決の説示するとおりであって、三俊に控訴人主張のような運転者としての義務違反があったことは、過失相殺に際し過失としてしんしゃくすべき事項ではあるが、本件道路管理の瑕疵を否定すべき事項であるとは解しがたい。それゆえ、右主張は失当である。

四、控訴人は、排雪によって路面の凍結を完全に防止することはできないから、本件凍結を指して道路管理の瑕疵とはいえないと主張する。しかし、本件では一月一九日に路面の積雪が道路脇に寄せられたが、それが残雪となって〇・三メートルの高さで道路両側から車道にはみ出して放置されたままで、その後は事故の起きた同月二六日まで通常の巡回以外に特段の対策が講じられなかったため、凍結の結果を生じたものであることは、原判決の認定するところである。かりに控訴人のいうように、排雪車による排雪によっては高さ一センチメートル程度の圧雪が残るとしても、この程度の雪であれば一月一九日より二六日までの七日間に溶けて消失し、本件のような凍結を生じなかったものと考えられるから、本件凍結を指して道路管理の瑕疵にあたらないとすることはできない。

五、≪証拠省略≫によると、被控訴人鄭雲順(韓国人)は昭和二九年九月三日に三俊(韓国人)との婚姻届を滋賀県高島郡高島町長に提出して、受理されたことが認められる。在日韓国人の婚姻は、日本の方式による届出により成立し、効力が生じるものと解するのが相当である(法例一三条一項但書)から、同被控訴人と三俊は法律上の夫婦であったと認めるべきである。そうすると、同被控訴人は三俊の妻で、その余の被控訴人らは三俊の子として、三俊の相続人であると認めなければならない。それゆえ、この点に関する控訴人の主張は失当である。

原審で、相被告であった訴外会社が被控訴人らの訴外会社に対する本訴損害賠償請求権に対し、訴外会社の同一事故にもとづく被控訴人らに対する損害賠償請求権をもって対当額での相殺を主張した結果、原判決では、本訴賠償額のうち、被控訴人鄭雲順、同金庚順および同金秀蓮についてはそれぞれ金三五万七一六五円、被控訴人金甲生については金一〇六万九五二三円、被控訴人金純生については金七一万四三三一円の各範囲で相殺が認められ、その結果、訴外会社の被控訴人らに対する賠償額が事故日(相殺適状の始め)にさかのぼって右金額だけ減額されたことおよび原判決のうち訴外会社に関する部分が控訴なくして確定したことは記録上明らかである。そして、被控訴人らに対し、訴外会社の損害賠償債務と控訴人の損害賠償債務とが不真正連帯債務の関係にあることは原判決のうち訴外会社に関する部分および控訴人に関する当審の前示判断を通じて明瞭であるから、相殺によって訴外会社の損害賠償債務が消滅した限度で、控訴人の損害賠償債務も消滅したものといわなければならない。この点に関する被控訴人らの主張はそれ自体理由がなく、失当である。そうすると、被控訴人らの控訴人に対する損害賠償債権残額は次のようになる。

(イ)被控訴人 鄭雲順 金三三万二六七六円(六八万九八四一円-三五万七一六五円)

(ロ)被控訴人 金甲生 ○(一〇六万九五二三円-一〇六万九五二三円)

(ハ)被控訴人 金純生 金六万五三五一円(七七万九六八二円-七一万四三三一円)

(ニ)被控訴人 金庚順、同金秀蓮 それぞれ金一三万二六七六円(四八万九八四一円-三五万七一六五円)

および右各金員に対する昭和四五年一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金

そうすると、被控訴人らの請求は右残額の限度で理由がある(ただし、被控訴人金甲生のみは残額が零であるから、請求は全部理由がない。)から、右限度で認容すべきであるが、その余は失当であるから棄却(ただし、被控訴人金甲生の請求は全部棄却)すべきである。それゆえ、これと異なる原判決は、右の趣旨に変更しなければならない。

次に、控訴人の民訴法一九八条二項にもとづく請求につき検討する。

被控訴人らが仮執行宣言付の原判決にもとづき昭和四九年五月九日控訴人に対し別表のごとく仮執行したことは、被控訴人らにおいて明かに争わないから、民訴法一四〇条により自白したものと看做すべきである。そうすると、被控訴人らは別表の仮執行額(元本債権と利息)から当審で認容された損害賠償債権残額(ただし、遅延損害金の終期は仮執行の日である昭和四九年五月九日)を控除した次の差額をこれに対する仮執行日の翌日以降支払ずみまで年五分の法定利率による損害金を付加して控訴人に返還しなければならない。

(イ)被控訴人 鄭雲順 金四三万三六四一円(六八万九八四一円+一四万七七〇一円)-(三三万二六七六円+七万一二二五円)

(ロ)被控訴人 金甲生 金一二九万八五一八円(一〇六万九五二三円+二二万八九九五円)-○

(ハ)被控訴人 金純生 金八六万七二七九円(七七万九六八二円+一六万六九三七円)-(六万五三五一円+一万三九八九円)

(ニ)被控訴人 金庚順、同金秀蓮 それぞれ金四三万三六四〇円(四八万九八四一円+一〇万四八七九円)-(一三万二六七六円+二万八四〇四円)

なお、仮執行の執行費用も執行により控訴人がうけた損害であるから、被控訴人らは控訴人に対して賠償しなければならないが、被控訴人金甲生を除くその余の被控訴人らについては、仮執行額の一部の返還が命ぜられるだけで残額の執行は維持されるわけであるから、控訴人主張の執行予納金(執行費用)のうち返還すべき額を定めなければならないところ、これを確定すべき資料がないから、その不利益は控訴人に帰せしめるほかなく、したがって返還を命じないこととする。ただ、被控訴人金甲生については、仮執行額の全額の返還が命ぜられるから、賠償すべき執行費用も全額(一万円)になる。

そうすると、控訴人に対し、被控訴人鄭雲順は右の(イ)の金額、被控訴人金甲生は右の(ロ)の金額に一万円を加えた金一三〇万八五一八円、被控訴人金純生は右の(ハ)の金額、被控訴人金庚順、同金秀蓮はそれぞれ右の(ニ)の金額、およびこれらの金額に対する昭和四九年五月一〇日以降支払ずみまで年五分の割合による損害金を支払うべき義務がある。それゆえ、控訴人の民訴法一九八条二項にもとづく請求は、被控訴人金甲生については全部認容し、その余の被控訴人らについては右の限度で認容するも、その余は失当として棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田治一郎 裁判官 荻田健治郎 尾方滋)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例